kotonoha
2008年04月01日
夜寝る前に話したことのメモ
そうそう。本日二本目の投稿だけど忘れないうちに。
今日やまとが眠る前に、
お布団の中で一緒にお話ししたことのメモ。
今夜は大和がおなかにいたときのお話。
やまとはこのテーマが大好き。
「ママが キック! とおなかを叩くと
やまとはポーンっておなかを蹴ったんだよ」
とかそんなお話。
わりとよく話すネタなんだけど
今日おしえてくれたのは
「お外に出るときにカウントダウンしてたの」と。
「あと25秒」とか「11秒」とか言ったよ。だって。
ほえー。そうなんだ。
やまとの時計好きはその頃から?なんて笑っていて気が付いた。
やまとの誕生日は私の母と同じ日。
私は母と同じ日に産まれて欲しくて
31日になってから出てくるとよいなあと思ってた。
入院したときにもそう思ってたし
陣痛が長く続いてる間も31日になる瞬間を時計とにらめっこしてた。
そして日付が変わったとき、
あーもう産まれてもよいよー。と思った。
そして実際、31日になってすぐお産が進んだのだ。
それまで促進剤をうってもうっても進まず
長期戦だねえなんて言われていたのに。
そこから1時間ほどで産まれてしまった。
うーん。
もしかしたらこういう風に思ってたってことを
いつかやまとに話したことがあって
その辺の記憶がすでに作られちゃったのかもしれないけど、
おなかの中の記憶とか、そういうの、どこまでほんとかわかんないんだけど、
でも、もしかしてもしかしたら
通じてる何かがあるのかもしれないなあ、と
時々思う。
今日やまとが眠る前に、
お布団の中で一緒にお話ししたことのメモ。
今夜は大和がおなかにいたときのお話。
やまとはこのテーマが大好き。
「ママが キック! とおなかを叩くと
やまとはポーンっておなかを蹴ったんだよ」
とかそんなお話。
わりとよく話すネタなんだけど
今日おしえてくれたのは
「お外に出るときにカウントダウンしてたの」と。
「あと25秒」とか「11秒」とか言ったよ。だって。
ほえー。そうなんだ。
やまとの時計好きはその頃から?なんて笑っていて気が付いた。
やまとの誕生日は私の母と同じ日。
私は母と同じ日に産まれて欲しくて
31日になってから出てくるとよいなあと思ってた。
入院したときにもそう思ってたし
陣痛が長く続いてる間も31日になる瞬間を時計とにらめっこしてた。
そして日付が変わったとき、
あーもう産まれてもよいよー。と思った。
そして実際、31日になってすぐお産が進んだのだ。
それまで促進剤をうってもうっても進まず
長期戦だねえなんて言われていたのに。
そこから1時間ほどで産まれてしまった。
うーん。
もしかしたらこういう風に思ってたってことを
いつかやまとに話したことがあって
その辺の記憶がすでに作られちゃったのかもしれないけど、
おなかの中の記憶とか、そういうの、どこまでほんとかわかんないんだけど、
でも、もしかしてもしかしたら
通じてる何かがあるのかもしれないなあ、と
時々思う。
2005年10月26日
そのひとことの重さ
先日、ちょっとしたことで泣き続けるやまとに
「そんなことくらいで泣かないの!」
と叱った。
またある日
公園で遊んでいたとき、転んだあと一人で立ち上がって
「泣かなかったー」と報告にきたとき
「おお。強い子だなあ。えらかったねえ」
と頭をくしゃくしゃしてほめた。
今、やまとは悲しいとき
「ううぅ〜〜〜。泣かない。泣かない。ううう」と
声をころして歯を食いしばって
それでも涙をぽろぽろこぼして。
そんな悲しい泣き方をするようになってしまった。
私が 泣かない ことをほめてしまったからだ。
しまった。と思った。
こんな悲しい泣き方をさせるために言った言葉ではなかった。
泣くことですっきりすることがある。
泣くことで昇華できる気持ちがある。
どんなときに泣くことを我慢すべきなのか
どんなときに思いっきり泣けばいいのか
それをこの子にどうやって気づかせてやればいいのだろう。
やまとはママが大好きである。
ママが喜んでくれるなら
ママに好かれるためなら、と
いつもいつも小さな頭で一生懸命考えている。
まだ2歳の彼の世界なんて、ほんとうに小さくて
「ぼく、ママ、パパ、じいじ、ばあば、ちいちゃん、もねちゃん、あーちゃん。。。。」
指で数えられるくらいの世界だろう。
その小さな世界の中でほとんどの領域を占めるだろうママに嫌われてしまったら。。。
もうそりゃ世界が終わるくらいのどん底に違いない。
最近のやまとの口癖のひとつに
「おこってない」
というのがある。
「おこってない?」と疑問形で聞くのではなく
「おこってない(よね?)」と確認している感じ。
私はそんなにいつもいつも怒っているのだろうかなあ。。。
そういえば。
昔わたしが母にしかられたとき、ぐずぐずいつまでも泣いていたのか
「いつまでも泣きなさんな!」と、さらに叱られたことを覚えている。
記憶の中の私はひっくひっくとしゃくりあげて泣いていて
泣きやみたくても、とめることができなかった。
そのときの私は心の中で「ママ怒らないで。それ以上怒らないで」と繰り返していた気がする。
感情にまかせて怒っちゃいけない。
とくにフォローする人がいない二人きりのときは。
絶対いけない。。。難しいなあ。
人を育てるって大変なことだなあ。ここのところ毎日思う。
「そんなことくらいで泣かないの!」
と叱った。
またある日
公園で遊んでいたとき、転んだあと一人で立ち上がって
「泣かなかったー」と報告にきたとき
「おお。強い子だなあ。えらかったねえ」
と頭をくしゃくしゃしてほめた。
今、やまとは悲しいとき
「ううぅ〜〜〜。泣かない。泣かない。ううう」と
声をころして歯を食いしばって
それでも涙をぽろぽろこぼして。
そんな悲しい泣き方をするようになってしまった。
私が 泣かない ことをほめてしまったからだ。
しまった。と思った。
こんな悲しい泣き方をさせるために言った言葉ではなかった。
泣くことですっきりすることがある。
泣くことで昇華できる気持ちがある。
どんなときに泣くことを我慢すべきなのか
どんなときに思いっきり泣けばいいのか
それをこの子にどうやって気づかせてやればいいのだろう。
やまとはママが大好きである。
ママが喜んでくれるなら
ママに好かれるためなら、と
いつもいつも小さな頭で一生懸命考えている。
まだ2歳の彼の世界なんて、ほんとうに小さくて
「ぼく、ママ、パパ、じいじ、ばあば、ちいちゃん、もねちゃん、あーちゃん。。。。」
指で数えられるくらいの世界だろう。
その小さな世界の中でほとんどの領域を占めるだろうママに嫌われてしまったら。。。
もうそりゃ世界が終わるくらいのどん底に違いない。
最近のやまとの口癖のひとつに
「おこってない」
というのがある。
「おこってない?」と疑問形で聞くのではなく
「おこってない(よね?)」と確認している感じ。
私はそんなにいつもいつも怒っているのだろうかなあ。。。
そういえば。
昔わたしが母にしかられたとき、ぐずぐずいつまでも泣いていたのか
「いつまでも泣きなさんな!」と、さらに叱られたことを覚えている。
記憶の中の私はひっくひっくとしゃくりあげて泣いていて
泣きやみたくても、とめることができなかった。
そのときの私は心の中で「ママ怒らないで。それ以上怒らないで」と繰り返していた気がする。
感情にまかせて怒っちゃいけない。
とくにフォローする人がいない二人きりのときは。
絶対いけない。。。難しいなあ。
人を育てるって大変なことだなあ。ここのところ毎日思う。